ライフスタイル

テタンジェ・コレクション

枠から外れて

1950年代初期、テタンジェのプロモーションのためにアメリカに渡ったクロード・テタンジェは、ルディ・コプフに出会います。のちにメゾンのパートナーとして、大西洋の向こう側でテタンジェ・シャンパーニュの販売に携わる人物ですが、その彼が「未来の世界で、巨大企業とアーティストしか居場所がないとしたら、シャンパーニュ・テタンジェ社は、どちらを選びますか?」と尋ねました。クロード・テタンジェが迷うことなく出した答えは「アーティスト!」でした。この会話が、10年後にクロードが経営者の座に就任した際、メゾンの方向性を示すヒントになったのです。1967年創設ルテタンジェ料理賞コンクール、および1983年発表のテタンジェ・コレクションを筆頭に、クロードは30年間に渡り、当ブランドを感動とエレガンスの世界へと導きます。なぜなら当社ワインの卓越性と個性以外にも、テタンジェのスタイルとは、幸福の表現を分かち合う様々な方法をシャンパーニュに組み合わせながら、伝統の「枠から外れる」ことを知る術でもあるからです…

コレクション

唯一無二のアートギャラリー

1983年、様々なアーティストと真の絆を得たクロード・テタンジェは、テタンジェ・コレクションを誕生させます。当メゾンのグラン・クリュ・ミレジメにさらなる価値を与えるため、コンテンポラリーアートの分野で最も才能あるアーティスト達の助力を仰いだのです。

こうしてボトルは、容器であると同時に、偉大なアーティストが作品を発表する場になりました。現在まで、アンドレ・マッソンやロイ・リキテンスタイン、今井、ラウシェンバーグ、アマドゥ・ソウなどのアーティストのデザインがコレクションに加わっていますが、このユニークなアートギャラリーの第1弾は、ハンガリー人アーティスト、ヴァザルリでした。最新版である2016年のボトルデザインは、著名なブラジルの写真家、セバスチャン・サルガドが手掛けた作品です。これらの限定ボトルは、目と舌で楽しみ、あるいは大切に飾ってもいいでしょう。しかし限定版のため、常に手に入るとは限らないのが残念なところです。

Champagne Taittinger 1983 VICTOR VASARELY

ヴィクトル ヴァザルリ
(1983年)

クリエーション

1983年、彼がテタンジェ・コレクションのためのボトルデザインの初回を手掛けました。

このボトルデザインは、ヴァザルリのスタイルを完璧に反映しており、調和のとれた構図を求めようとする意志によって特徴づけられ、基本的な幾何学的形状のみを使って表現しています。ベガス(世界的に有名な目の錯覚を生み出す幾何学的なモチーフ)によって、動いているように見えるボトル上のモチーフは、まさにキネティック・アートの良い見本と言えます。

ミレジメ

ボトルの中は、コート・デ・ブランのグラン・クリュで収穫されたシャルドネ40%とモンターニュ・ド・ランスのグラン・クリュで収穫されたピノ・ノワール60%をブレンドした ブリュット・ミレジメ 1978です。

1978年は、戦前を含め、シャンパーニュ地方の歴史の中で最も収穫量の少ない年でした。ただし、収穫時は高温で雨が少ない気候が続き、その影響を受けて黒ぶどうの糖度が高く、高品質なぶどうが収穫できました。

アーティスト

1908年、ハンガリーで生まれたヴィクトル・ヴァザルリ。

7歳の時にはすでに、絵の才能の頭角を現します。
カンディンスキーやル・コルビュジエの作品を熱心に分析し、1947年には、のちに彼の基盤となる抽象性の模索を始めます。「抽象絵画」の初代グループを構成するギャラリー・ドニズ・ルネの共同設立者として、彼はイーゼルを使って描く伝統的な絵画や習慣的な技術を徐々に排除し、最後には完全に捨て去る事を提唱しました。1997年3月29日、89歳で死去します。

Champagne Taittinger 1985 ARMAN

アルマン (1985年)

クリエーション

アルマンはその「 重ね合わせ」や「 砕いたオブジェ 」(腕時計、壁掛け時計、ホルンまたはバイオリン)で有名です。

これらの技法で、アートオブジェや彫刻、装飾品、絵画を制作しました。1985年のテタンジェ・コレクションも同じスタイルのデザインとなっています。艶光りする黒の背景に金色のバイオリンを絡め、バイオリンを弾く音楽家は目に見えませんが、違和感はありません。シャンパーニュに最も美しいシンフォニーのような賛辞を与えるアーティストの優れた才能によって、その姿が想像できるからです。

ミレジメ

ボトルの中は、コート・デ・ブランのグラン・クリュで収穫されたシャルドネ40%とモンターニュ・ド・ランスのグラン・クリュ(アンボネイとブージィ)で収穫されたピノ・ノワール60%から作られた ブリュット・ミレジメ 1981です。

1981年もまた、戦後シャンパーニュ地方で記録された中では、最もぶどう収穫量の少ない年になりました。しかし、品質の点では素晴らしい評価を得ています。8月は晴れの日が続き、9月は比較的雨が多かったため、糖度の高い黒ぶどうと白ぶどうが実りました。

アーティスト

1928年、ニースに生まれたアルマンは、フランス人で最も才能あるコンテンポラリー・アーティストの1人であると認識されています。

プラスチックアートへのアプローチに対する基本的な手法として、アキュミュレーション(蓄積)を使う事で、アルマンは現実を表現しようと試みたのです。50年代を支配した抽象化の衰退に対するこの姿勢は、現実の定義に対する新たな視覚的アプローチを推進する彼の思惑を表しています。アルマンは同じ種類の品を集め、またはため込んだ日用品を破壊し、それらの破片、もしくは複数の組み合わせからなる作品を作り上げました。2005年10月22日、彼はニューヨークで亡くなります。

Champagne Taittinger 1987 ANDRÉ MASSON

アンドレ マッソン
(1987年)

クリエーション

ボトルデザインのため、マッソンは戦時中に兵士として戦ったシャンパーニュ地方とシャンパーニュに素敵なオマージュを捧げています。

ボトルの真ん中にある金色の輝きは太陽を表現しており、シャンパーニュに光の滴を注いでいます。赤または白のぶどうの木は、命を与える光に向かって、喜びに体を伸ばす2人の人物像によって表現されています。これはまた、シャンパーニュ地方の田舎の戦場に並ぶ兵士たちのようにも見えますし、夜に輝く花火のようにも見えます。心が現実を忘れる、優雅な瞬間です… アンドレ・マッソンはテタンジェ・コレクションのボトルデザインを手がけた数か月後の1987年10月にパリで亡くなります。

ミレジメ

ボトルの中は、コート・デ・ブランのグラン・クリュで収穫されたシャルドネ40%と希少な高品質のピノ・ノワール60%から作られた ブリュット・ミレジメ 1982です。

量だけでなく質も特別な1982年のぶどうを言葉で表現するなら「天からの恵みと伝説」でしょう。4年間続いた不作によって休息を取ったぶどうの木は、7月と8月の記録的な晴天の恩恵を受け、その可能性が開放されたのでしょう。

アーティスト

1896年、オワズで生まれたアンドレ・マッソンは同時に画家、彫刻家、イラストレーター、舞台美術だった人物です。

1920年に入ってすぐ、彼の作品の中核とも言える、20世紀全般の人々の考え方の移り変わりを反映したシュールレアリスム運動に参加します。その経過で彼がキュビスムや抽象芸術に興味を示したのは、ごく自然な流れでした。自由と独立を求め、希少な明確性の先見者として、アンドレ・マッソンは情熱的で決定的なイメージを求め世界中を旅します。そして、彼は「 完成された世界はない 」と学んだのです。マッソンにとっての世界とは、常に動いているのです。彼の作品の数々は、その圧倒的な美しさにより恐怖と魅力を同時に感じる、鮮やかなショーのようです。

Champagne Taittinger 1988 VIEIRA DA SILVA

ヴィエイラ ダ・シルヴァ
(1988年)

クリエーション

テタンジェ・コレクションのデザインには、彼女だけがその秘密を知る素敵なステンドグラス模様によって、この 貴重なボトルを包み込みました。

色鮮やかな光の模様がボトル上で永遠に輝きます。それだけではなく、ヴィエイラ・ダ・シルヴァの思惑によって、空に向かって浮き上がっていくようです…そう、まるでシャンパーニュの泡のように。

ミレジメ

ボトルの中は、コート・デ・ブランのグラン・クリュで収穫されたシャルドネ40%とモンターニュ・ド・ランスのグラン・クリュで収穫されたピノ・ノワール60%で作られたブリュット・ミレジメ 1983です。

「世紀の年」を1年前に祝ったばかりで、1983年も当たり年になるとは誰もが予想しませんでした。恵まれた天候が続き、この年も量と質の両方で素晴らしいぶどうを収穫することが出来ました。

アーティスト

1908年、リスボンで生まれ、1992年パリで亡くなったヴィエイラ・ダ・シルヴァは、ポルトガル文化とフランス文化を分かち合う人生を送りました。

夫であるハンガリー人画家セネスと共に早い時期に移り住んだパリでは、有名なエコール・ド・パリに加わる事に成功します。真夏の夜の夢の劇に深い感銘を受けた彼女は、シナリオのある構成と現実と仮想の間に生まれる関係を空間の中に発展させる作品を描きました。ヴィエイラ・ダ・シルヴァは幸福感あふれる絵画を生み出します。筆使いと色合いのリズムは、強烈で謎に満ちた音楽のそれのようであり、想像力は精神の構築ではなく、自身を構築する方法の1つなのです。ヴィエイラ・ダ・シルヴァの作品全体からは、開放と拘束、厳格と奔放、影と光との間に生まれるパラドックスが混在しています。

Champagne Taittinger 1990 ROY LICHTENSTEIN

ロイ リキテンスタイン
(1990年)

クリエーション

テタンジェ・コレクションのため、リキテンスタインは彼の世界観に忠実に、漫画から着想を得たイメージを写実的な世界に転化させました。

ドット使い、そしてアクセントになるゴッホ・イエローとロイヤルブルー、ヴェール・アングレの絶妙な色使いによって、視覚的なショックを与える事を狙ったデザインです。しかし彼は、この1つの効果のみで満足はしませんでした。顔の上から彼のサインにまで流れ落ちる髪の毛とぶどうの蔓を融合させることで、シャンパーニュとは自然が与える無限の力と人間の才能によって生まれるのだということを表現しています。

ミレジメ

ボトルの中は、コート・デ・ブランのグラン・クリュで収穫されたピノ・ノワール60%とシャルドネ40%をブレンドから生まれた ブリュット・ミレジメ 1985です。

1985年のぶどう収穫は、量は少なかったものの非常に良質でした。1月と2月の霜で、多くのぶどうの木が修復不可能なほどに被害を受けました。幸いな事に夏初旬、状況が改善されます。ぶどうの開花が急速に進みました。9月と10月は素晴らしい天候に恵まれ、ぶどうはすくすくと育ち、ずっしりと重い実をつけました。

アーティスト

1923年10月27日、マンハッタンで生まれたロイ・リキテンスタイン。

1960年まで抽象表現主義だったロイ・リキテンスタインは、アメリカのポップアート運動で最も重要な人物の1人となります。漫画からインスピレーションを得た構図と、メディア化した日常のイメージは、非常に人目を引くスタイルです。多くの場合、作品の表面には「 ベンディ ・ドット」技法が使われています。これは、印刷インクによるドットを手書きによって再現した技法です。戦争や社会紛争、現代の「広告」のように人生を「過度に」凝縮したイメージなど、社会の仕組みや歴史に残る大事件などを題材に扱う彼の作品は、「大衆文化」を反映しています。1997年9月29日、マンハッタンで亡くなります。

Champagne Taittinger 1992 HANS HARTUNG

ハンス アルトゥング
(1992年)

クリエーション

このボトルデザインは1989年後半、アンティーブで亡くなる3年前に描かれたデザインで、ハンス・アルトゥングは、期待される信念に最も相応しい筆使い、動き、形を生み出しています。

ボトルを包み込むために選ばれた淡く、メタリックな色の上に、まるでアラベスクのように彼のサインと黒と黄色のラインが踊り、人生とは生き方そのものであると私達に囁きます。色で強調され、ブラッシングにより、飛び交うようなライン。ハンス・アルトゥングは、開放される瞬間を待つワインの生命とその力を私達に示すため、ボトル上のラインや構図、そしてその動きの使い方を完璧にマスターしています。

ミレジメ

ボトルの中は、シャンパーニュ地方のグラン・クリュで収穫されたシャルドネ40%とピノ・ノワール60%をブレンドした ブリュット・ミレジメ 1986です1985年の悲惨な霜害の後、シャンパーニュ地方のぶどう畑は1986年に驚異的な回復力を見せつけてくれました。

1週間の間に開花したぶどうは、驚くべき数の粒を実られた房を与えます。繊細な品質から生まれた理想的な酸味のある非常にバランスの取れたワインが、このミレジムに爽やかさと優雅さを与えています。

アーティスト

1904年、ライプツィヒで生まれたハンス・アルトゥングは、抽象芸術に関して全くの無知状態で非常に独特な非具象芸術へのアプローチを試みます。

叙情的抽象画の師として、バウハウスの教育から遠ざかり、基本的な絵の描き方、そしてライプツィヒとドレスデン、ミュンヘンのボーザール・アカデミーの技術を勉強し、あらゆる流派からの独立を望みました。こすりつけた染み、雲のように大きく広がった染み、渦巻き、引っ掻いた跡、沸き立つような塊、これらはアーティストのエネルギーがそのまま表現されています。エネルギーが形を取り、目に見える事によって、そのパワーを認識する事が出来ます。

Champagne Taittinger 1994 Imaï

今井 (1994年)

クリエーション

シャンパーニュの品質は自然の寛大な心に左右されるため、彼はテタンジェ・コレクション1994年版に、日本人画家の彼にとってなじみ深い花と葉を選ぶ事でその美しさを表現する事を選びました。

フランス国王の戴冠式に花を添えたワインを表現するために、皇室の象徴である菊以外に相応しい花はありません。燃えるような色合いは、それぞれが素晴らしい役割を果たしています。オレンジがかった赤は日の出。コバルトブルーは、神道が誕生した祈りの場である神聖な岩、ブルーグレーは、夜明けが近づく時の山々の頂上に反射する太陽光の反射を表現しています。

ミレジメ

ボトルの中は、コート・デ・ブランのグラン・クリュで収穫されたシャルドネ40%とピノ・ノワール60%をブレンドした ブリュット・ミレジメ 1988です。

1988年は、素晴らしい気象条件の下、9月後半に収穫が行われた年です。収穫初期の秋は、日中は晴天で、夜は比較的涼しい日が続き、理想の糖度と酸味を備えたぶどうを収穫することが出来ました。1988年のワインは、熟成によって生まれる繊細さと香り高いアロマの可能性を秘めた、まっすぐで正直な味です。

アーティスト

1928年、京都生まれ。今井俊満は、1952年、ヨーロッパに渡ります。

1955年3月に入ってすぐ、具象芸術から抽象絵画へと移行し、「 アンフォルメル 」(非定型の芸術)運動に参加します。1962年、生まれ故郷の日本で、彼の作品の重要性が公に評価されます。東京国立近代美術館が彼の作品数点を収集している最中に、彼の作品「 Plein Soleil 」が、第5回日本コンテンポラリーアート展にて賞を受賞します。彼は2002年に亡くなります。

Champagne Taittinger 1996 CORNEILLE

コルネイユ (1996年)

クリエーション

コルネイユは当メゾンのワインのため、1946年以降、彼の作品に使われている意味ある2点の手法により彼のアートを表現しました。

ラインと色を本質的な価値として確定させているのです。純粋または手を加えた単一色の背景の上に描かれた、色のラインが図形を構成しています。シャンパーニュ地方のぶどうの葉のような緑色の背景に、コプトの修道院を飾る浅浮き彫りやインディアン部族のトーテムに登場しそうな奇妙な形をした鳥たち。壁や国境を越えて、今にも飛び去っていきそうな鳥たちは、ワインの運び屋を具現化した、楽しいメッセージなのです。

ミレジメ

ボトルの中は、大部分がテタンジェ所有のぶどう畑で収穫されたシャルドネ50 %とピノ・ノワール50 %から作られた ブリュット・ミレジメ 1990です。

夏の猛暑の影響で、1990年のぶどう収穫は通年より早く始まりました。気候条件によって、ぶどうが完熟し、理想的な酸味を保ちながらも、シャンパーニュ地方では珍しい高い糖度を記録しました。力強く、コクがあり、香り豊かなワインは、同時に爽やかな口当たりです。この組み合わせにより、個性豊かで長期間保存できるビンテージに仕上がりました。

アーティスト

コルネイユの名で知られるコルネリス・ファン・ベフェルローは、1922年リエージュで生まれます。

画家、そして彫刻家、版画家、陶芸家でもあった彼は、オランダ文化と豊かな芸術史を持つこの国の素晴らしさを主張し続けました。コルネイユは、自由と精神を象徴する鳥と猫を好んで描きました。猫の気まぐれさが、人生の喜び全てを愛するコルネイユに、彼にとっての好敵手「女性」を思い起こさせたためでしょう。1948年、パリで非常に奇妙な「コブラ」という芸術運動に参加します。この運動は、あらゆる形の芸術によるコミュニケーションを求め、世界の開放を望む原始的なアプローチでした。彼は2010年オヴェール・シュールで亡くなります。

Champagne Taittinger 1998 MATTA

マッタ (1998年)

クリエーション

長い間、この時代の暴力と支配の影響を受けていたマッタの作品ですが、時代の流れと共に優しさが加わり、より詩的に変化していきます。

彼がシャンパーニュ地方に贈る敬意には、アーティストの後期の作品に見られる特徴がいくつか現われています。オークル色の背景には、ノスタルジーと革命を思わせる象徴的なポピーの花があちらこちらに咲いています。有名な「シュールレアリスムのオートマティスム」を連想させるカリグラフィー的なサインが、目を引きます。

ミレジメ

ボトルの中は、シャルドネ(50 %) とピノ・ノワール (50 %)をブレンドした ブリュット・ミレジメ1992です。

1992年、どんよりした寒い気候が続き、ぶどうの成熟が影響を受けます。しかし8月末から9月初めにかけて晴天が続き、すべてが通常に戻ります。1992年のワインは、過去の優れたミレジムと同じ特徴を備えています。ぶどうが程良く成熟したことで、ワインにコクと強いアロマが生まれています。酸味も適度で、全体的に爽快でバランスの良い仕上がりです。レモンとフローラルノートの洗練された組み合わせにより、余韻の残る至極の味わいになりました。

アーティスト

1911年チリに生まれたマッタことロベルト・セバスチャン・エチャウレンは、建築家の勉強を終えた後、2つの世界大戦の間にパリへ渡りました。

彼は名高いル・ コルビュジエの事務所で働き始めます。しかし、早い段階でデッサンや絵画の方向に進路を変えていくのです。1939年、ニューヨークに移り住んだマッタは、友人のマッソンやマックス・エルンスト、ミロらと同じように、抽象表現主義 に心酔した若い世代のアメリカ人画家たちを魅了しました。アクション・ペインティングの生みの親、ジャクソン・ポロックでさえも、パリからやって来たアーティスト・グループから影響を受けたと認めています。2002年、彼はイタリアで亡くなります。

Champagne Taittinger 2003 ZAO WOU-KI

ザオ ウーキー
(2003年)

クリエーション

シャンパーニュ・テタンジェとの共同制作を機会に、ザオ・ウーキーは彼の特徴である抽象的な世界へと私達を誘います。「 私は目に見えない物を描く 」と彼は言います。

。「 私の絵画は視覚での確認が不可能になり、静物画と花は、もう存在しません。私は、想像上の解読不可能な表現へと向かっていくのです 」。解読不可能、しかし理解不可能ではありません。深海の奥底、幻想的な洞窟、穏やかに見えながら雲の中では嵐渦巻く空など、謎の満ちる最深部へと進むことを受け入れた人々にとって、そこでは見る者に肉体的な自由と無重力の印象を与えます。

ミレジメ

ボトルの中は、グラン・クリュの畑から厳選されたシャルドネ(50 %) とピノ・ノワール (50 %)から作られた ブリュット・ミレジメ1998です。

1998年のぶどう収穫は9月半ば、雨の中行われました。暑い日と寒い日が交互に続いた後、十分な日照量が確保でき、理想的な成熟のぶどうを収穫することができました。収穫量も豊作でした。糖度と酸味の割合が絶妙で、最高品質に分類されます。1998年のワインは非常に濃厚で、調和したアロマが特徴です。これらの特徴とともに清涼感もあり、長期間保管できるビンテージに仕上がりました。

アーティスト

1921年、北京に生まれたザオ・ウーキーは、非常に古い宋王朝にまで遡れる家系の出身です。

杭州の有名な美術アカデミーで学んだあと、1948年にフランスへ渡って偉大な西洋絵画と触れ合い、中国の伝統と西洋アート、東洋と西洋の素晴らしい合成に取り組みを開始したのです。50年代、彼はピカソやミロ、ジャコメッティ、ヴィエイラ・ダ・シルヴァ、アルトゥング、スーラージュらとの交流を深めます。2013年、彼はスイスで亡くなります。
ザオ・ウーキーは、1964年にフランス国籍を習得し、20世紀の偉大な抽象画家の中で恐らく最も感動を与える人物でしょう。

Champagne Taittingert 2007 RAUSCHENBERG

ラウシェンバーグ (2007年)

クリエーション

シャンパーニュは、私達の気持ちを軽やかにします。ラウシェンバーグの全ての作品も同じです。

彼はバロックや無重力状態の宇宙飛行士、横たわったルーベンスのヴィーナス、ロケット、パラシュート、ワシ、透明な物、フラッシュ、反映、重さを感じさせない物を好みました。テタンジェ・コレクションのボトルデザインには、教会の上で夜明けを告げる雄鶏のイメージが中心に描かれています。シャンパンの持つ喜びの精神を解き放つアートです。ロバート・ラウシェンバーグは、ボトルデザインから1年後の2008年に亡くなりました。

ミレジメ

ボトルの中は、キュヴェ(一番搾り)のみを使用した、シャルドネ50%とピノ・ノワール50 %をブレンドした ブリュット・ミレジメ 2000です。

収穫期近くは、雨が多く、熟しきっていないぶどうが大部分を占めていました。幸いな事に日照量が増え、ぶどうの成熟が速いスピードで進み、9月初旬には期待された成熟度に達していました。シャルドネは、フローラルの香りで、豊かで複雑な構造です。ピノ・ノワールはコクのあるフルボディで、赤い果実の豊かな香りが特徴です。

アーティスト

1964年、ヴェニスで開催された第17回ビエンナールはスキャンダルの渦に巻き込まれました。

アメリカ人アーティスト、ラウシェンバーグ39歳が大賞に輝いたのです。とはいっても、コンテンポラリーアートの世界では、抽象表現主義のポロックとクーニングをポップアートのウォーホルとリキテンスタインをつなげる鎖の役目を果たしたジャスパー・ジョンと肩を並べる程、名の知られる存在でした。彼のアートは、一部のシュールレアリストのアートと同じく、破壊し、物を投げつけ、中古品・日用品の使用などから生まれています。彼の魅力は、彼が選び出し組み立てるそれぞれの断片に命が宿っていることで、そのために彼は空間(コラージュ)と時間(モンタージュ)を使って表現しています。

Champagne Taittinger 2011 Amadou Sow

アマドゥ ソウ
(2011年)

クリエーション

彼にとって最も重要なのは、世界を描く事だったのでしょう。オランダ絵画に強い影響を受けており、果てしなく広がる宇宙の中心に人間を描く事を好みました。

コレクション・ボトルのため選ばれた宇宙は、アフリカを思わせます。全ての源である大陸が私達を見守り、その大河から生命と愛、死の欠片を注いでいます。純粋な状態の世界の塊、広大で、奇妙で、底知れず、荒々しい芸術、母親の背中で眠る子供のように柔らかい。アフリカの夜では、感情も行動も、星空に向かって旋回しながら消え去っていくのです。これはシャンパンにも似ています。

ミレジメ

ボトルの中は、キュヴェ(一番搾り)のみを使用した、シャルドネ50%とピノ・ノワール50 %をブレンドした ブリュット・ミレジメ 2002です。

2002年は、雨が少なく、比較的暖冬の年でした。夏は、暑く晴れた日が続きます。9月中旬から下旬にかけて行われた収穫の後、最初の試飲で丸く柔らかく、おおらかで熟したワインを確認できました。シャルドネは、長い余韻を残す非常に香り高い味で、収穫地域によってフローラルまたはフルーツのアロマが支配しています。ピノ・ノワールは濃厚で豊か、コクがあり、赤いフルーツのニュアンスを感じます。

アーティスト

1951年、セネガルのサン=ルイで生まれたアマドゥ・ソウは、ゴレ島で成長し、そこで周りを取り巻く世界を観察しインスピレーションを得る事を学びました。

アマドゥ・ソウは、70年代に石の彫刻家としてアーティストとしてのキャリアを開始しますが、続いて透明で硬さのあるプレキシガラス、最後に陶芸の方向へと進んでいきます。1972年、ウィーンに移り住み、そこで300年の歴史と権威を誇る名高いボーザール・アカデミーにてアートを学びます。「アフリカン」と呼ばれたアマドゥは、生まれ故郷から遠く離れた場所でより良い「キャリア」を得るために、作品を通して自分の「黒人らしさ」を前面に押し出す事を選択しました。彼は、2015年、ダカールで亡くなります。

ビデオ

サルガド

地の塩

アーティスト達のデザインにより美しさを与えられた、たった13種類のテタンジェ・コレクションのため、テタンジェ は特別なミレジムのみを選び出します。ブリュット・ミレジメ2008のために、テタンジェが選んだのは写真家のセバスチャン・サルガド.フランスとブラジルのハーフであるアーティストは、人間や動物、惑星の目を見張るような美しさを瞬間に閉じ込めた、強烈な作品をすでに発表しています。アーティストがテタンジェ・コレクションのために選んだ写真が掲載されている2013年に発表された最新作、「Genesis 」。これはナミビアのダマラランドにあるバラブ川渓谷で水を飲むヒョウで、地の塩のシンボルのようです。

2016 Sebastião
Salgado

芸術的な二重の感動

テタンジェ・コレクションは、13種類しか存在しません。テタンジェが最も優れたミレジムの中から選びだし、伝説的アーティスト達の作品により美しく装った、希少で贅沢なコレクションです。他では見られない唯一無二のギャラリーを堪能下さい…

本質の追求

「セバスチャン・サルガドは、大きな樹です。彼の作品と同じく、彼の中に、私達はこの惑星の状態を非常に明確に認識することが出来ます。彼の写真は、自然や人間、動物が残した傷跡に希望の水を注ぐように、悲劇や緊急事態を前向きな方法で表現しています。(…)、表面から本質を見抜く力を持っています。」、とは2016年に13本目のテタンジェ・コレクション 発表の際、ピエール=エマニュエル・テタンジェがブラジル人アーティストに関して述べた言葉です。

さらにサルガドの代表作、「 La main de l’homme」、「Exodes 」、そして特に「Genesis 」の名を上げながら、ピエール=エマニュエルは、テタンジェと彼の間に共通する役割とそのシンボルをこう集約します。「今日、強い魂によって敬意を与えられたこのシャンパーニュのボトルのように、大地の呼び声を聞き、信じ、より良い世界の一部になれますように」

1944年ブラジルで生まれたセバスチャン・サルガドは、経済学を学び、国立ボーザールで建築を学ぶレリアと学生結婚します。彼にカメラを贈ったのは彼女で、ロンドンの国際コーヒー機関で働く彼は、アフリカに出張するたびに多くの写真を撮影していました。写真撮影が情熱へと変化し、仕事を辞め、妻と共に写真家としての道に進みます。1973年に入ってすぐ、二人はともにアフリカを駆け巡り、続いて南米、そして1979年にブラジルへと戻ります。セバスチャン・サルガドの多くの作品は、地球とこの惑星に住む人間と動物に対する関心と愛情を証明しています。1993年発表の「La main de l’homme 」の中で、アーティストは労働者の世界に焦点を当て、人生に努力と労力を費やす人々に対しての敬意を表しています。2000年発表の「Exodes 」 の中では、劇的そして耐えられないような状況に身を置く人間たちの勇気を語っています。

2013年発表の最新作「 Genesis 」 は、彼自身の言葉によると「地球へのラブレター」であり、古来の伝統に従い生きる民族、野生動物、人間の手が加えられていない自然の景色など、生物多様性の豊かさを見せてくれます。美しい光彩が際立つ白黒写真は、過去32回の旅行中に撮影された作品です。この作品集の中からアーティストがテタンジェ・コレクションのために選んだ写真は、ナミビアのダマラランドにあるバラブ川渓谷のヒョウです。この写真は、世界中に通用する価値を持ち、それでいて個性的です。動物が飲むのは、生命そのもの。簡潔で平和的です。

ボトルの中に閉じ込められた幸福の源は、コート・デ・ブランのグラン・クリュとプルミエ・クリュで収穫されたシャルドネ 50 % とモンターニュ・ド・ランスとヴァレ・ド・ラ・マルヌのピノ・ノワール50%のキュヴェのみをブレンドしています。雨が多く暖冬の後、春はどんよりした天候が続きましたが、2008年の収穫は涼しく乾燥した天候の下で行われ、健康で良質なぶどうを収穫できました。シャルドネは活気溢れ、繊細で、美しいミネラル感があります。ピノ・ノワールは、フルーティーで香り高く、生き生きとした余韻を残します。ワインに完璧に溶け込んだ酸味が、高い熟成能力を予感させます。

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